Jean Prouvé

1901-1984

フランス、パリ生まれ。工芸家の父とピアニストの母のもと、アール・ヌーヴォーの一大拠点であったナンシーの地で多くの工芸品に囲まれて育つ。
1916年、金属工芸家、エミール・ロベールのもとに弟子入り。1923年に独立し、鉄製のランプやシャンデリア、階段の手摺などの製作・デザインを手掛けた。

1931年、ナンシーでアトリエ・ジャン・プルーヴェを開く。「とにかく大量生産に繋がることをやりたい」というプルーヴェの信念のもと、急速な勢いで最高の開発力、技術力を誇る工場へと成長し、10年経たずうちに従業員80人以上の工房となる。この頃の勢いを後押ししたのが1930年からデザインした「シテ」シリーズである。ナンシーの大学都市の寄宿舎のための、椅子、本棚、ベッド、デスク、アームチェア等、アトリエにとっての初めての公共事業で大量発注のプロジェクトであった。このプロジェクトがきっかけでプルーヴェの名はさらに世に広まり、後に学校用家具を多く手がける事に繋がる。また同時期に、パリでル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンらと出会い、彼らと現代芸術家組合(UAM)を設立した。

1934年に誕生したジャン・プルーヴェの代表作スタンダードチェア。プライウッドとスチールという当時としては先進的な素材の組み合わせだった。特に後脚は幅広の三角形で、構造上負荷のかかる部分に耐久性と安全性を考慮した設計で、この構造美学を示すスチールレッグがプルーヴェを象徴するデザインともいえる。仕様変更を繰り返し1950年にスタンダードの名を冠する。その後、パリのギャラリー・ステフ・シモンにて1969年まで販売される。

戦時中は、レジスタンス運動に積極的に関わり、その政治活動は広く知られるところであり、1944年にはナンシー市長に選出された。
1957年、ジャン・プルーヴェ建設を設立。1971年、パリ、ポンピドゥー・センターの国際設計コンペにおいて審査委員長を務めた。

2002年以降は、Vitra社にて現在でもプルーヴェの家具が製作され続けている。

© Centre Pompidou, MNAM-CCI Bibliothèque Kandinsky, Dist. RMN-Grand Palais / Fonds Prouvé
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